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札幌高等裁判所 昭和25年(う)661号 判決 1951年2月14日

控訴人 被告人 熊沢豊吉

弁護人 土家健太郎 外一名

検察官 木暮洋吉関与

主文

函館地方裁判所の原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

函館地方検察庁保管にかゝる小豆及テボーの買上代金二万三千九百二十二円四十七銭(函館地方検察庁領第二〇三号の三及び四)はこれを没収する。

差し戻し後の当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人土家健太郎及び弁護人斎藤熊雄の各控訴趣意はいづれも別紙記載の通りである。

先づ土家弁護人の控訴趣意第一点は原判決は法規に基かずして裁判をしたというのであるが、その(一)については、テボー(手芒)の輸送を委託することは、食糧管理法(昭和二十四年三月三十日法律第三号による改正前のもの)第九条、同法施行令(昭和二十四年六月二十五日政令第二百二十六号による改正前のもの)第十一条、同法施行規則(昭和二十四年六月二十日農林省運輸省令第二号による改正前のもの)第二十九条、昭和二十二年十二月三十日農林省告示第百九十六号第六項(昭和二十三年四月七日附官報号外農林省告示を以て訂正されたもの)によって政府により禁止され、食糧管理法第三十一条によつて右の違反者を処罰する旨規定してゐるのであるから、原判決はその判示第一のテボーの輸送委託の事実に対して有罪の言渡をしたのは、何等法規に基かずして裁判をしたものではないから、弁護人の非難は当らない。

第一点の(二)については、所論は昭和二十三年十一月一日物価庁告示第千百五号は、小豆、テボー等について生産者販売価格の統制額を定めたものであるが、被告人は日雇であつて生産者でないから、被告人がこれを販売の目的で所持していたと認定した原判決第二の事実について右告示を適用したのは違法であるというのであるけれども、右告示を精読すると、その第二販売条件の四に、生産者以外のものが販売する場合の統制額について明らかに規定されているのであるから、被告人の場合に右告示が適用ありとした原判決は何等誤りではない。所論の非難は当らない。

次に斎藤弁護人の控訴趣意第一点について考へるに、判決に法令の適用を示すべきことを規定した刑事訴訟法第三百三十五条第一項は、判決において認定された事実に対し、これを抽象的に犯罪の構成要件として規定し且これに刑罰を科すべきことを定めたところの実体法を明示して処罰の根拠を明らかにすることを要求したものであるが、今本件について見るに、食糧管理法(昭和二十四年三月三十日法律第三号による改正前のもの)第三十一条には、「第九条……ノ規定ニ依ル命令ニ違反シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ十万円以下ノ罰金ニ処ス」と規定し、第九条には、「政府ハ……主要食糧ノ……移動ニ関シ必要ナル命令ヲ為スコトヲ得」と定めてゐるのであるのであるから、結局同法第三十一条の罪は、政府が主要食糧の移動に関して為した命令の存在することと、この命令に違反する行為の存在することとを以て構成要件とするところの命令違反の罪であると解せられる。従つて、その命令の内容如何は本罪の構成要件に該当する具体的事実に属することであつて、罪となるべき事実の中に記載せらるべき事柄に属し、従つてその命令自体は適用法令として特に掲げることを要する筋合のものではない。故に本件については、小豆及びテボーの輸送委託を禁止した政府の命令が事実上存在すれば足り、それを適用法令として特に掲げる必要はないとしなければならないのであるが、前述の通り食糧管理法施行令(昭和二十四年六月二十五日政令第二百二十六号による改正前のもの)第十一条、同法施行規則(昭和二十四年六月二十日農林運輸省令第二号による改正前のもの)第二十九条、昭和二十二年十二月三十日農林省告示第百九十六号第六項(昭和二十三年四月七日附官報号外農林省告示を以て訂正されたもの)によつて、右の趣旨の禁止命令が存在することが明らかであるから、原判決に右農林省告示を適用法令として掲げなくとも、所論のように法令の適用を誤つたか又は理由不備の違法はないのである。所論は採用できない。

次に第二点は、原判決認定の第二の事実の判示によれば、被告人が小豆及びテボー合計五石四斗を所定の統制額より金八万三千八百円を超過する価格金十万九千六百円を以て販売する目的で所持してゐたとあるけれども、小豆の統制価格とテボーの統制価格とは各その品等によつてそれぞれ異るのであるから、判決においてはすべからく判示の五石四斗のうちに小豆は幾何あつて、テボーは幾何あるという計算の基礎を判示し、その上で小豆及びテボーの品等により統制価格を算定判示して、超過代金を表示しなければならない、と論ずるのである。しかしながら物価統制令第三十五条第十三条ノ二第一項の罪は、物価庁長官の指定する統制額を超へた価格を以て取引する目的で物品を所持するによつて成立するのであつて、しかもその所持にかゝる物品の単位毎に犯罪が別個に成立するものではなくて、所持の個数を標準にして犯罪の個数を定むべきであるが、本件においては被告人が小豆及びテボー合計五石四斗を一括して当時の被告人の止宿先に置いてこれを所持してゐたのであるから、小豆及びテボーの全部について只一個の所持があったものと見るべきであつて、小豆及びテボーについて各別に所持があつたものと解すべきではない。従つてこの場合の判示方としては被告人の所持してゐた小豆及びテボーの統制価額が明かにされ得る程度を以て足り、特に各別の統制価格の金額を明示する必要はないといはなければならない。原判決には被告人が販売しようとした価額も明示されてをり、その統制価額よりの超過額も明示されているのであるから、この程度の記載を以て物価統制令第三十五条第十三条ノ二第一項違反罪の罪となるべき事実の記載として充分であると認める。よって原判決には所論の非難するような理由不備のかどはない。

最後に土家弁護人の控訴趣意第二点及び斎藤弁護人の控訴趣意第三点は、いづれも原判決の量刑は不当であるというのであるが、一件記録を調査するに所論の通り原裁判所が被告人に対し懲役十月に処したのはその量刑重きにすぎると考へられるので、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十一条により原判決はこれを破棄すべきであるが、当裁判所は一件記録により直ちに判決することができるものと認め、同法第四百条但書により次の通り更に判決する。

罪となるべき事実。

被告人は日雇であるが、法定の除外事由がないのに拘はらず、

第一、昭和二十三年七月下旬頃より昭和二十四年一月下旬頃までの間十回にわたつて函館市函館駅前において、日本通運株式会社に対し、別表記載の通り小豆及びテボー合計十石二斗を、政府の禁止命令があるのに拘はらず、函館駅から東京都汐留駅まで輸送の委託をなし、

第二、昭和二十四年三月八日頃函館市音羽町二番地の当時の被告人の止宿先において、無検査小豆三百七十八瓩及び無検査テボー三百八十八瓩五百瓦を、昭和二十三年十一月一日物価庁告示第千百五号所定の非生産者の販売価格の統制額から合計約九万三千四百二十四円六十銭を超過する代金約十万八千円で営利販売する目的を以て所持していたものである。

証拠。<省略>

法令の適用。

判示第一の行為は各食糧管理法(昭和二十四年三月三十日法律第三号による改正前のもの)第三十一条第九条、同法施行令(昭和二十四年六月二十五日政令第二百二十六号による改正前のもの)第十一条、同法施行規則(昭和二十四年六月二十日農林省運輸省令第二号による改正前のもの)第二十九条、昭和二十二年十二月三十日農林省告示第百九十六号(昭和二十三年四月七日附官報号外農林省告示を以て訂正されたもの)に該当するところ、罰金等臨時措置法の施行により犯行後所定罰金額の変更があつたので刑法第六条第十条により比照し軽い従前の罰金額によるべきものとする。

次に判示第二の行為は物価統制第三十五条第十三条ノ二第一項、第三条、第四条、昭和二十三年十一月一日物価庁告示第千百五号、罰金等臨時措置法第四条に該当する。

而して右各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、且以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文第十条により最も重いと認められる判示第一別表三のテボー二石八斗の輸送委託の罪の懲役刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役六月に処し、函館地方検察庁保管にかゝる小豆及びテボーの買上代金二万三千九百二十二円四十七銭(函館地方検察庁領第二〇三号の三及び四)は判示第二の犯行の組成物件の換価代金であつて被告人以外のものに属しないから、刑法第一九条第一項第一号第二項によりこれを没収し、差し戻し後の当審の訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項によりこれを被告人の負担とすべきものとする

よつて、主文の通り判決する。

(裁判長判事 竹村義徹 判事 西田賢次郎 判事 河野力)

弁護人土家健太郎の控訴趣意

第一点原判決は法規に基かずして裁判を為したる違法がある

(一)原判決が有罪として認定したる起訴状第一記載の事実は原判決に依れば食糧管理法第九条同令第十一条同規則第二十九条同法第三十一条に該当する犯罪として処断せられたるも判示事実中「手芒」が右法条に主要食糧として指定された根拠がない尤も物価庁告示第一一〇五号には手芒が主要食糧として指定せられ居るが如く推則し得られるも、そは生産者販売価格としてその統制額を定めたに過ぎない果して然らば原判示の如く被告人が手芒を輸送の委託を為したりとしても犯罪を構成しないものと言ふべきである

(二)原判決は起訴状第二の事実につき物価庁告示第一一〇五号を適用し物価統制令第十三条の二及同令第三十五条の犯罪として処断したるも前記引用の物価庁告示第一一〇五号は生産者販売価格の統制額を定めたものなるが被告人は日雇にして該物資の生産者ではないことは一件記録に懲し明白である果して然らば前示告示違反を前提として物価統制令第十三条の二、同令第三十五条違反の行為として処断したるは失当である

第二点原判決はその刑の量定著しく重きに過ぎる嫌いがある

即ち被告人は多年東京都に在住し荷造り日雇を業として居つたものであるが戦時中二回に亘り戦災を受けた為被告人夫婦は祖母と共に来函したものであるが戦後日雇では生計を立てることは困難となり茲に初めて本件取引を敢行したもので全く生きんが為めの極めて消極的な犯行であつたこと、一面本件検挙に依り物資は全部買上げられ、その代金も又没収せられて致命的な打撃を受けた事実を綜合すれば仮りに本件所為が全部犯罪なりとしても実刑六月はその科刑重きに過ぎ破棄せらるべきものと信ずる(原審公判調書御参照)

弁護人斎藤熊雄の控訴趣意

第一点原判決は其の理由の冒頭において本件の罪となるべき事実は起訴状記載の公訴事実と同一であるから茲に之を引用すると判示しておるから、被告人に対する公訴事実を検するに

第一、昭和二十三年七月下旬頃より昭和二十四年一月下旬頃迄の間函館駅前に於て日本通運株式会社に対し別表記載の通り小豆及「テボー」合計拾石弍斗を函館駅より東京都汐留駅まで輸送の委託を為し

第二、更に昭和二十四年三月八日頃函館市音羽町二番地に於て小豆及「テボー」五石四斗を所定の統制額より八万三千八百円を超過する代金拾万九千六百円に販売する目的を以て所持して居た

ものであるとなつておるから、先づ第一の食糧管理法違反の犯罪事実に対し原判決は

法律に依ると被告人の判示所為中食糧管理法違反の点は同法第九条同令第十一条同規則第二十九条同法第二十一条に

と判示しておるが、以上判示した法令では、果して「テボー」が主要食糧として指定せられておるかどうか判明しないから、更に農林省告示によつて「テボー」は主要食糧であることを判示しなければならない、然るに原判決は如上判示の法令のみを適用して農林省告示の適用をしなかつたことは法令の適用を誤つたものであり且つ理由不備の違法あるものであると信ずる

第二点更に原判決は其の理由罪となるべき事実即ち公訴事実の第二の犯罪事実につき更に昭和二十四年三月八日函館市音羽町二番地において小豆及「テボー」五石四斗を所定の統制額より八万三千八百円を超過する代金拾万九千六百円に販売する目的を以て所持して居たものであると判示しておるが、そして之に対し物価統制令第十三条の二第三十五条昭和二十三年十一月一日物価庁告示第千百五号を適用して居るが、此の物価庁告示第千百五号を見ると小豆の価格と「テボー」の価格は勿論相違して居るばかりでなく小豆にも「テボー」にも一等品、二等品、三等品の品質の区別があり又その品質に依って値段の差があるのである

そこで右判示の五石四斗のうちには小豆は幾何あって「テボー」は幾何あるという計算の基礎を先づ以て判示し然る上に於て小豆及「テボー」の品質により価格を査定して其の統制額を表はして超過代金を算定しなければ何等判決の理由は判らないことになると思う況んや原判決のように「小豆及「テボー」五石四斗を所定の統制額より八万三千八百円を超過する代金十万九千六百円」では全く判決理由の不備も甚だしいものであると信ずる

第三点原判決は刑の量定著しく重きに失する不当あるものと信ずる

其の理由としては

(一)被告人は、東京都において二回までも戦災に遭い裸一貫で北海道の母を頼つて来た戦災者である

(二)被告人は日雇を業として生活しておる者であるが日を追うて物価高騰するため漸次生活上の驚異を来たし遂に生きんがために本件犯行に及んだこと

(三)第二の犯罪事実である物価統制令違反の点は未だ売却の約束もしたものでなく単に売るつもりで所持しておつたに過ぎないこと

(四)小豆及手芒は全部買上げられ剰え其の買上代金弍万参千九百弍拾弍円四拾七銭は没収せられなければならないこと

(五)被告人は再び上京して捲土重来再起の道を築かんとして其の費用捻出のための一時的犯罪であること等の諸般の事情を斟酌したならば敢て体刑を以て臨まねばならぬ犯罪ではないと信ずる

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